「イマーシブ」という言葉の考え方
このサイトの名前にある「イマーシブ」について、言葉の広がりと、このサイトでの使い方をまとめました。
「イマーシブ」という言葉
英語の immersive は「没入型の」という意味です。ひとつの分野から生まれた言葉ではなく、演劇、VR、展示など、いくつもの分野で使われてきました。
エンターテインメントの分野では、演劇がこの言葉を広めた大きなきっかけのひとつです。イギリスの劇団Punchdrunk(2000年創設)などの作品が「イマーシブシアター(没入型演劇)」と呼ばれ、観客が会場を歩き回る新しい演劇として注目されました[1][2]。日本でも、イマーシブシアターの広がりとともに、「イマーシブ」という言葉を目にする機会が増えました。
VRの研究でも、immersion(没入)は大事な言葉です。研究者のMel SlaterとSylvia Wilburは1997年の論文で、映像や音で人を包み込む技術の性質を immersion、その中にいる人が感じる「その場にいる」という感覚を presence(臨場感)と呼び分けています[3]。
日経クロストレンドは「イマーシブ」を2024年の注目キーワードに挙げています[4]。
演劇の世界の「イマーシブ」
イマーシブシアターは、舞台と客席を分けず、観客が会場の中を歩き回りながら、目の前で起きる物語を体験する演劇です。どの俳優を追いかけるか、どの部屋に入るかを観客が自分で選ぶので、人によって見る物語が変わります[5]。
イマーシブシアターの魅力は、物語を客席から「見る」のではなく、物語が起きている場所に「居合わせる」ことにあります。舞台と客席を隔てる「第四の壁」がないので、俳優がすぐ目の前で演じ、ときには観客に語りかけることもあります。観客は、登場人物のひとりのように、その世界の空気を肌で感じられます。
また、いくつもの部屋で同時に場面が進むので、一度ですべてを見ることはできません[5]。どこで何を見たかは人によって違い、終わったあとに話してみると、同じ公演でもそれぞれが別の物語を体験していたことに気づきます。もう一度来て、見られなかった場面を追いかけたくなるのも、この形式ならではの楽しみです。
よく知られているのは、Punchdrunkの『Sleep No More』です。2003年にロンドンで初演され[2]、ニューヨークでは2011年から2025年1月まで、建物まるごとを会場にして上演されました[6]。
日本では、2017年のDAZZLE『Touch the Dark』が、初期の本格的な公演とされています。2018年にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンの『ホテル・アルバート』で、イマーシブシアターが広く知られるようになりました。その後、公演の数は大きく増えました[5]。2024年3月には、イマーシブシアターを中心にしたテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」がお台場に開業し、話題になりました[7]。
アートとデジタルの世界の「イマーシブ」
美術の世界でも、作品の中に入り込んで鑑賞する展示が「イマーシブ」と呼ばれています。絵を額縁の外から眺めるのではなく、空間全体を作品にして、観客がその中を歩きます。
パリのAtelier des Lumièresは2018年、壁や床いっぱいに名画を映し出す展示施設として開館しました[8]。2020年にはカナダのトロントで「Immersive Van Gogh」が始まり[9]、日本でも2022年に東京・日本橋で、モネら印象派の名画を壁と床いっぱいに映し出す「Immersive Museum」が開かれました[10]。
デジタルアートでは、東京・お台場のチームラボボーダレスが2018年に開館し[11]、2019年の1年間に約220万人が訪れて、ひとつのアーティスト・グループの美術館として、世界で最も来館者の多い美術館としてギネス世界記録に認定されました[12]。
デジタルの技術は、音と映像の体験にも「イマーシブ」を広げています。映画館では2012年に、観客を音で包み込む音響方式「Dolby Atmos」が登場しました[13]。2023年にはアメリカ・ラスベガスに、世界最大級の高精細なLEDスクリーンで内側を覆ったドーム型の会場「Sphere」が開業し、その会場のために作られた映像作品が上映されています[14]。
映画の世界の「イマーシブ」
ヴェネツィア、カンヌなどの国際映画祭には、実はVR作品の部門があります。スクリーンで上映する映画と同じように、コンペティションがあり、審査員が賞を選びます[15][16]。ヴェネツィアでは、コンペティションに選ばれた作品の制作者はレッドカーペットを歩くことができ、賞は最高賞や監督賞などと同じ授賞式の、同じ舞台で贈られます[17]。
こうした部門の名前に使われているのが「Immersive」です。
- ヴェネツィア国際映画祭は2017年、世界の主要な映画祭で初めて、VR作品のコンペティションを始めました。2022年に部門の名前を「Venice Immersive」に改め、リド島の近くの小さな島、ラッザレット・ヴェッキオ島を会場にしています[18]。キュレーターは改名の理由について、分野がVRだけに限られなくなったことを挙げています[19]。いまは、VRのほか、MR、仮想世界、インスタレーション、生の上演と組み合わせた作品も対象です[20]。
- カンヌ国際映画祭は2024年に、イマーシブ作品のコンペティション(Immersive Competition)を新しく設けました。何人かで一緒に体験する、ロケーションベースのVRやMRの作品も対象にしています[21]。
- トライベッカ映画祭(Tribeca Immersive)[22]や、アヌシー国際アニメーション映画祭(Immersive Works)[23]なども、部門の名前に「Immersive」を使っています。
- 東京でも、2026年12月4日から6日まで、東京大学 生産技術研究所(駒場リサーチキャンパス)で「Tokyo Immersive Film Festival 2026」が開かれます[24]。
映画の世界では、「イマーシブ」は特定の機器の名前ではなく、観客がその場に入り込む新しい表現をまとめて指す言葉になっています。
どの「イマーシブ」も近いところにある
演劇、アート、音と映像のデジタル技術、映画、そしてVR。形は違っても、スクリーンや舞台や額縁を外から眺めるのではなく、観客がその場に入り込むことで体験が成り立つ点は同じです。中でも、施設で体験するVRとイマーシブシアターはよく似ています。どちらも、観客が自分の足で空間を歩き、物語の中に入り込みます。
実際に、二つを組み合わせた作品も生まれています。アメリカのTender Clawsの『The Under Presents』(2019年)では、VRの世界の中に生身の俳優が現れます。2020年には、俳優1人が6〜8人の観客と、VRの中でシェイクスピアの『テンペスト』をもとにした公演を行いました[25]。ヴェネツィアのVenice Immersiveにも、MRと生の上演を組み合わせた作品が出品されています[20]。
私たちは、こうしたイマーシブな表現が混ざり合っていくと、もっと面白い体験が生まれると考えています。VRは、現実にはつくれない空間や、何人もが同時に入れる物語の世界をつくれます。イマーシブシアターは、生身の人が目の前で演じる緊張感と、観客ひとりひとりの選択で変わる体験をつくれます。アートは、空間そのものを作品にする力を持っています。音や映像のデジタル技術は、観客をまるごと包み込む環境をつくれます。これらが出会うところに、これからのエンターテインメントがあると考えています。
出典
2026年10月28日に確認しました。
- Punchdrunk: About us
- Punchdrunk: Sleep No More(作品のページ。London 2003)
- Slater, M. & Wilbur, S. (1997) A Framework for Immersive Virtual Environments (FIVE). Presence 6(6)
- 日経クロストレンド「24年の注目キーワード『イマーシブ』」(2024年2月6日)
- 電ファミニコゲーマー: イマーシブシアターのセミナーの記事(2026年4月14日)
- BroadwayWorld: Sleep No More ニューヨーク公演の最終公演(2025年1月6日)
- イマーシブ・フォート東京 公式サイト
- CNC: L’Atelier des Lumières de Paris
- BroadwayWorld: IMMERSIVE VAN GOGH Exhibit Makes World Premiere(2020年7月16日。7月1日にトロントで初公開)
- Time Out Tokyo: モネら印象派の絵画の世界に「飛び込むアート」展が日本橋で開催(2022年4月21日。会期は7月8日〜10月29日)
- チームラボ: お台場「チームラボ ボーダレス」誕生(2018年6月18日の掲載記事)
- Time Out Tokyo: teamLab Borderless takes Guinness World Record(2021年7月14日)
- Engadget: Dolby confirms 14 theaters for inaugural screening of Pixar’s “Brave” with Atmos audio(2012年6月16日)
- CBS News: Darren Aronofsky says new film at Sphere…(2023年10月12日)
- La Biennale di Venezia: 第82回ヴェネツィア国際映画祭の受賞(Venice Immersive の審査員と賞を含む)
- Festival de Cannes: Immersive Competition について
- Venice Immersive 2025 FAQ(ヴェネツィア国際映画祭が作成。VRChat のフォーラムに掲載)
- La Biennale di Venezia: Venice Immersive(歴史)
- Cool Hunting: Venice Immersive のキュレーターへの取材(2022年8月30日)
- La Biennale di Venezia: Venice Immersive 2025 のラインナップ
- Festival de Cannes: An immersive 2024 Festival(2024年5月3日)
- Tribeca: Tribeca Immersive(2017年3月3日)
- Annecy Festival: 2026 Immersive Works
- 東京大学: Tokyo Immersive Film Festival 2026
- Road to VR: The Under Presents と『Tempest』